〜プロットから読む ネタバレ・あらすじ・感想〜 「その女アレックス」ピエール=ルメートル 橘明美【訳】 文春文庫 「ALEX」 Pierre Lemaitre

評価:
ピエール ルメートル
文藝春秋
¥ 929
(2014-09-02)

 どうということもない我が半生の外国文学読書歴を振り返ってみると小学生の頃はモーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパンシリーズ」、もうちょっと大きくなって高校生ぐらいでは大江健三郎を読み込んでおりました影響でドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」とか「罪と罰」なんぞ読んでおりました。


 結構読んでるじゃん、と思われた方は素直ないい方です。

 そうです。まぁまぁ読んでますね。

 

 他にもスタンダールとかヘミングウェイとか、ちょっとマニアックなところではジャック・ケッチャムとか…。
 しかしですね、はっきり言ってそのほとんどがかっこつけで読んでおったというのが真相でありました。

 格好をつけて読んでいた割には何を読んでいるか周囲に本のタイトルがわからないようにブックカバーを必ず付けているというかたちで、思春期のかっこつけというのはなんとも珍妙なものであります。


 話を戻します。「その女アレックス」は私の浅い、外国産小説読書歴の中では間違いなく一番面白かったです。
まぁ「その女アレックス」はミステリーでエンターテイメント小説ですからドストエフスキーなんかと並べて語るな、と怒らてしまうというか呆れられてしまう気もしますが面白くなければ誰も読みませんからね。
 もしストーリーを知りたくない方はここまで読んだらわたしに騙されてください。そしてとりあえず「その女アレックス」を読んでください。文春文庫で作者の名前はピエール・ルメートルです。

 

 もう読んだ方や、いわゆる「ネタバレ」してもいいよという方はこのまま読み進めてください。
「その女アレックス」は現代のフランスを舞台にした犯罪ミステリー小説です。


 ウィンドウショッピングを楽しんでいたアレックスが見知らぬ男から突然の暴力を振るわれ拉致されます。そしてどこともわからない廃屋に連れ込まれ、裸で木の檻に閉じ込められ吊されます。
一方、この誘拐事件を追う刑事が登場します。極端に背が低く癇癪持ちで皮肉屋のカミーユ・ヴェルーヴェン警部。手掛かりがほとんどない中を苛立ちながら捜査します。
 このカミーユは数年前に妻子(胎児)を惨殺されておりそのトラウマから長らく第一線を退いていましたが上司ル・グエンの強引な要請により捜査に復帰します。
 アレックスは木の檻に閉じ込められたままドッグフードで命を繋ぎます。
 カミーユは捜査班にかつての部下を集めます。裕福な家柄のルイ、吝嗇家のアルマン。捜査陣は小さな手掛かりを元に誘拐犯を突き止めます。
 しかし捜査の不手際からその誘拐犯を死なせてしまいます。振り出しに戻った捜査といたずらに過ぎる時間。被害者の命の危険が増します。
 アレックスは誘拐犯が死んだことを知りません。そして新たな敵が現れます。ネズミです。檻に閉じ込められたままアレックスの絶望的な戦いが始まります。
 捜査陣はひょんなことから監禁場所を突き止めます。現場に踏み込むと中はもぬけの殻で被害者のはずのアレックスはいなくなっていました。


 捜査陣は被害者でありながら逃亡したアレックスが只者ではないことを確信します。
 そして死んだ誘拐犯の身元調査の結果、一人の男の遺体を発見します。それは誘拐犯の息子でした。
 アレックスは逃げ、体力を回復します。そして自分の周囲に捜査の手が及んでいないことを確認します。
 捜査班は女、アレックスが何者かもわかっていません。
 そんな中アレックスは連続で殺人を犯します。そしてその遺体を次々発見する捜査陣。アレックスは相手を油断させ、瀕死の状態にしてから口に濃硫酸を流し込むという残忍な殺人方法を採ります。
 捜査陣は少しずつアレックスに迫ります。しかし、アレックスがどんな人物なのかはわかりません。
 アレックスは兄に母に電話で連絡を取り唐突に自殺します。
 捜査陣はやっとアレックスをみつけますが物言わぬ死人としてでした。


 捜査班はアレックスの遺品、身辺調査からある事実を見つけます。それはアレックスがティーンの頃に兄からレイプされていたこと。さらに兄はその妹を知り合いや友人たちに貸していたこと。そして母と兄はアレックスの性器を硫酸で焼いていたこと。
アレックスが殺したのは当時彼女を買っていた者達でした。
 捜査班は兄にアレックスへの性的、身体的虐待と未成年者への売春斡旋という真実の罪と「妹殺し」という濡れ衣を着させるために執拗な心理戦を仕掛けついに勝利します。
 カミーユは捜査の課程で過去と向き合い、変わらぬ仲間達の支えに気付き立ち直ります。

 

 長々となってしまいましたがあらすじを書きました。

 
 私にとっては久々に「続き」が気になる本でどんどん読んでしまいました。


 物語は全体が三部で構成されていて、その中をさらに細かく章分けされています。
 その章は第一部、二部では主観がアレックスとカミーユたち捜査陣のものが交互に書かれていて文章量としては短く、緊迫した雰囲気が伝わってきます。
 第三部では前半二部で描かれた謎が解明されていく、いわゆる伏線の回収が見られる面白さがあります。
 そしてそれら小さな章の中に大小のフックやクリフハンガーが仕掛けられています。そのため次がどうなるのか気になってくるようになっていて一気に読ませます。そのフックやクリフハンガーは事件の謎だったり、暴力だったりグロテスクな部分であったりします。それらが細かく、過剰にならないように絶妙に配置されています。
 もし可能なら作者のプロット作りを見てみたいものです。


 ところで外国小説の敬遠理由に、カタカナの名詞があると思います。
 どういうことかというと…
「マーガレットはニューオリンズにあるガソリンスタンドで友人のマイケルに会うとその足でニューヨークへ向かった」
 まあ、なんというかどうでもいい例文ですがカタカナっていうのは字数の割に情報が入ってこないと言うか文字自体に意味が込められている漢字の偉大さがわかるというか…。カタカナを追っているうちに疲れてくるんですね。
「その女アレックス」はそういう意味ではフランスが舞台ですからカタカナだらけです。しかも義務教育で曲がりなりにも学んできた英語ではなくて縁も縁もないフランス語ですから私にとってはさらに斜め上なカタカナが多くて独特な音感だらけです。トラリユーとか、ヴェルーヴェンとか、ル・グエンの「ル・」ってなんだよ?と、かなりムムムな感じです。


 しかし読んでいてそこはほとんど気にならなくなります。その理由の一つはキャラクターが立っているからです。
 まず主役がはっきりしている。シリアルキラーのアレックスと癇癪持ちの皮肉屋だが有能なカミーユ警部、その部下たち、上司たち、また殺される側の人間もそれぞれ性格がしっかりとしています。
 退屈な外国小説だと個性のない登場人物が何人か出てくると誰が誰だかわからなくなってジョンだか、スティーブだかどうでもいい!となってしまうのですがこの小説に関してはキャラクターが立っているのでその辺りはわかりやすいのではないかと思います。(手前味噌ですが当ブログに登場人物の関係をざっくりまとめた記事もありますので読み終わった後にでも参照いただければと思います)


 キャラクターに関連してもうひとつ。主要なキャラクター達は登場したときと読後では大きく印象が変わります。善と悪、負と正、そういったものが逆転してきます。例えばアレックスは始め完全な被害者です。しかし、それが実は殺人者の顔を持ち始め、シリアルキラーになり、そして最後は弱々しい自殺者になります。光の当て方によって一人のキャラクターに様々な面があり、それがキャラクターの深みとなっていきます。予審判事ヴィダールというカミーユにとってどうにも我慢ならないキャラクターが出てくるのですが、最後には意外やカミーユの話に乗り応援するようになり、その変わりざまというか自分と同じにおいを嗅ぎ取りカミーユが狼狽えるところなどはまさに小説ならではのモノローグの面白さではないでしょうか。
 ミステリー小説の重要な要素の一つに伏線の提示と回収があると思います。いわゆる謎解きですね。これもしっかりしています。
謎解きでやってはいけない、タブー、禁じ手とされているものがあります。それは「魔法」と「後出しジャンケン」です。
 この「魔法」というのは、人智を越えた不思議な(辻褄の合わない)未知の力で以て提示されていた謎が解明されてしまうことを言います。
 ミステリーではないので全然オッケーなんですがギリシャ神話などを読んでいるとこのパターンですね。人間が苦しみもがいていたら神様が現れて人智を越えた力で話を終わらせちゃうやつですね。これをミステリーでやってしまうと読者は「なにそれ?」となって離れてしまいます。


 もう一つは「後出しジャンケン」です。物語の後半、それまでに提示された数々の謎を突然現れた新たなキャラクターや証拠が突然出てきて解決、話を終わらせてしまうことです。
例えば二時間ドラマで殺人事件を題材にしていて、最後残り五分で初めて出てくる俳優が真犯人だとしたらがっかりして「なんだよ、それ」となります。
 逆に成功例は、「冒頭からガンガン登場していたあの人が犯人だったの?びっくり!」という形です。
 こちらの後出しジャンケンは取り扱いが難しく、伏線とか片鱗のような形でできれば冒頭に近い位置で匂わせておくべきです。しかし、それを読者が気付かないこともあり、出し方は微妙で書き手の技量、プロットの練り具合に依ります。
「その女アレックス」でも謎が出てきます。そして伏線も綿密に張られています。それらは後半で解明され、さらにプラスアルファの解決が見られます。


 作者は伏線の張り方も巧妙で振り返って読んでよくわかったのですが伏線が現れる箇所では必ずその他の情報の密度を上げて読者に伏線のありかを気付かせないようにしています。これはまさに「後でびっくり!」のパターンで読者は知っていたけど気付かないようになっています。しかし後出しジャンケンではないので納得がいく解決が見られます。

 

※更に詳しく「その女アレックス」のプロットを読み解いた記事(全6記事です)も書きましたので、興味の湧いた方や小説の作りに興味があるという方はもしよかったらこちらもご覧ください。


〜プロットから読む 々柔〜
〜プロットから読む 登場人物の変化=大胆な展開〜

〜プロットから読む 整理〜

〜プロットから読む ぢ莪貮分析〜

〜プロットから読む ヂ萋麌分析〜

〜プロットから読む β荵杏分析〜

 

 最後にこの小説の受賞歴をご紹介します。こういうのみんな好きですからね。

 

・2015年本屋大賞 翻訳小説部門

 

・週刊文春 ミステリーベスト10

 

・このミステリーがすごい!

 

・「IN☆POCKET」文庫翻訳ミステリーベスト10

 

・「ミステリが読みたい!」

 

・リーヴル・ド・ボッシュ読書大賞(フランス)

 

・英国推理作家協会インターナショナル・ダガー賞(ドイツ)

 

 こういう賞を当てにして本を選んだことはないですがやっぱり面白いものは選ばれるんですね。
 この小説を読んですばらしいよく練られた構成は強固な物語を生み出すことを痛感しました。
 今後はこういった構成というものをより意識していきたいと思います。
 というわけで、この感想文も意識的に四部構成にしてみました。
 はじめにこの本との出会い、二部であらすじ、三部で面白い部分について書き、四部がいま、これから自分がこの小説と出会って何を得たか、という形にしてみました。

 

 またこういう本に出会いたいですね。

 

JUGEMテーマ:外国文学

コメント